損害論 脊髄損傷 障害(補償)給付
脊髄損傷|治療・リハビリの結果後遺症が残った…後遺障害や損害賠償請求について労災被害者専門弁護士が解説!
2024.04.17
労災事故で脊髄損傷を負った場合、体に麻痺の症状や神経因性膀胱障害、損傷した箇所によっては更に呼吸障害等の症状が現れます。
そして、これらの症状が後遺症として残らないよう、少しでも回復するために、種々のリハビリテーションが行われます。
本稿では、労災事故で脊髄損傷を負ってから、治療・リハビリの施行、後遺症が残存した場合の後遺障害、そして損害賠償請求について解説していきます。
1.脊髄損傷とは
脊髄損傷とは、外傷によって脊髄を損傷することをいいます。
一口に脊髄損傷といっても、その態様はさまざまであることから、損傷箇所や損傷の程度、その状況等によりいくつかの分類がなされています。
⑴損傷箇所による分類
一つ目に、損傷箇所による分類方法があります。
脊髄はその高位によって頚髄(頸髄)、胸髄、腰髄、仙髄に大きく区分され、脊髄の下端部は概ね第1腰椎・第2腰椎あたりで終わり、その下に馬尾神経が伸びるようなかたちになっています。このことから損傷した高位に応じて、頚髄損傷(頸髄損傷)、胸髄損傷、腰髄損傷、仙髄損傷、馬尾神経損傷と分類することができます。
損傷したときに生じる症状も損傷高位に応じて異なり、一般に、損傷高位が高ければ高いほど重篤な症状が現れる傾向にあります。頚髄損傷が最も重篤で致命的な症状が現れることが多く、四肢麻痺や呼吸障害などが多く見られます。そして、損傷の程度によっては死に至る可能性もあります。次いで胸髄損傷が重い症状が現れることとなり、下半身の対麻痺になることが多いです。腰髄損傷でも下半身麻痺が生じることがありますが、頚髄損傷や胸髄損傷と比べると、比較的症状は軽い傾向にあります。仙髄損傷では下肢麻痺や運動障害が生じることはほぼありませんが、馬尾神経損傷の場合には、下肢の運動障害が生じることがあります。
頚髄損傷(頸髄損傷)、胸髄損傷、腰髄損傷それぞれの症状や後遺症、後遺障害については、以下のページで詳細を解説しております。
頚髄損傷(頸髄損傷)・胸髄損傷・腰髄損傷の症状や後遺障害についてはこちらで詳しく解説
⑵損傷の程度による分類
損傷の程度による分類とは、脊髄を水平方向に輪切りした断面(横断面)を見た時の損傷の大きさによって分類することをいい、損傷の程度により現れる症状の重さが変わってくることとなります。
まず、横断面全体を損傷している完全損傷(横断性損傷)と、横断面の一部の損傷に留まる不完全損傷の大きく二つに分けられます。不完全損傷については、横断面のどの部分を損傷したかによって、前部脊髄損傷、後部脊髄損傷、脊髄半側損傷(ブラウン・セカール型損傷)、中心性脊髄損傷の四つのパターンに分類されます。
⑶損傷状況による分類
脊髄は、それを保護する骨である脊椎(一般的に背骨と呼ばれる部位)の中を通るように位置していますが、この脊椎の損傷を伴うような脊髄損傷の場合には骨傷性脊髄損傷といい、伴わない場合は非骨傷性脊髄損傷と呼ばれます。
2.脊髄損傷の症状
脊髄は中枢神経の一部分であり、脊髄から手足や体の各部位に末梢神経という細かい神経がのびています。そして、例えば手足を動かすなどの運動神経に関わる脳からの信号が脊髄を経由して末梢神経に送られることにより、人間は手足を動かすことができます。また、皮膚などにある感覚神経で感じ取った「熱さ」や「痛み」などの刺激が、末梢神経から信号として脊髄を経由して脳に送られることで、人間は「熱い」、「痛い」と知覚することができます。
こうした信号のやり取りにおける重要な経路である脊髄が損傷されると、脳と身体各部との連絡のやり取りに支障が生じてしまうため、様々な症状が現れます。
⑴麻痺(運動神経障害)
脊髄損傷によって脳からの運動神経の信号が手足に届きにくくなる(届かなくなる)ことにより、上下肢に麻痺が生じます。基本的に、脊髄の損傷高位が高ければ高いほど、麻痺が現れる範囲は広くなります。
麻痺には程度によって分類があり、完全に上肢や下肢を意識的に動かせなくなることを完全麻痺、そうでないものを不全麻痺といいます。
また、発生部位に応じた呼び方があります。人体を上肢・下肢、左半身・右半身の四分割でイメージした場合に、両上下肢すべてに麻痺が生じているものを四肢麻痺、両上肢もしくは両下肢に麻痺が生じているものを対麻痺、左上下肢もしくは右上下肢に麻痺が生じているときは片麻痺、いずれか一か所にのみ麻痺が生じているときは単麻痺と呼ばれます。脊髄損傷の場合にみられることの多い下半身不随(下半身麻痺)は、すなわち下肢の対麻痺のことです。
⑵感覚障害
温冷覚や痛覚といった皮膚組織で感じ取る表在感覚や、位置覚や振動覚といった骨や筋組織などで感じ取る深部感覚について、感覚の鈍麻・脱失が生じます。感覚障害が生じる部位については、脊髄の損傷高位や、脊髄横断面における損傷範囲によって異なってきます。同一部位に表在感覚障害と深部感覚障害の両方が現れることもあれば、一方の感覚障害のみが現れたり、あるいは右足には表在感覚障害が現れて左足には深部感覚障害が現れるなど、複雑な様相を呈することもあります。
⑶呼吸障害
自発的呼吸が困難となる呼吸障害は、頚髄損傷を負った場合に多く見られます。呼吸に関わる器官である横隔膜に信号を送る神経が第3頚髄~第5頚髄(一般にC3~C5と呼ばれます)からのびていることから、頚髄損傷した場合には呼吸障害が生じることとなります。とりわけC5以上のレベルで損傷したときは自発的呼吸が非常に難しくなり、重度の場合には呼吸停止となり、死に至る可能性もあります。
⑷排尿障害(神経因性膀胱障害)
排尿や蓄尿に関わる膀胱や陰部などの下部尿路機能を制御する中枢・末梢神経系は、第11胸髄~第2腰髄(T11~L2)や第2仙髄~第4仙髄(S2~S4)の髄節支配領域であることから、これらより高位において脊髄損傷を負った場合には、排尿障害・蓄尿障害が生じます。具体的には、尿意を感知することや、自力で尿を排出することができなくなったり、膀胱に尿を溜めきれずにあふれて失禁してしまったり(溢流性尿失禁)、膀胱尿管逆流などの症状が現れます。自力での排尿ができないために、尿路感染症などの二次的な感染症のリスクも伴います。
⑸自律神経障害
脊髄損傷により、交感神経・副交感神経といった自律神経系も障害されることになり、自律神経の機能である体温、血圧等の調節や代謝などが正常に行われなくなります。具体的な症状としては、発汗障害や起立性低血圧、高血圧、頭痛などが見られます。
⑹反射亢進または反射減弱・消失
通常、膝頭をハンマー等で軽く叩いたときに、本人の意識とは関係なくピクッと足が動きますが、このような現象を腱反射といいます。脊髄損傷を負うと、反射が過剰に生じる(反射の亢進)ことになります。
痛みや温度などの刺激が皮膚組織に入力されるとき、感覚神経から脊髄を経て大脳に信号が届くことで、人間は「痛い」や「熱い・冷たい」と知覚することができます。他方、反射は、刺激の入力があった場合に、信号が感覚神経から脊髄まで行くのは同じですが、そこから大脳には行かずに脊髄内でターンして運動神経への信号となり、筋肉の収縮が起こります。そのため、前述のような脚気検査を行ったときには足がピクッと動くことになります。加えて反射が起きる際、通常ですと、反射の反応が過剰に起こりすぎないように、運動神経により制御がなされています。
しかし、脊髄損傷を負った場合、この制御が上手く働かなくなります。そのため、反射の反応が過剰に現れることになります。
また、そもそも脊髄損傷によって、脊髄内でターンする経路自体が障害されることもあり、その場合には反射による反応が減弱または消失します。脚気検査でいうならば、通常人と比べて反射による足の動きが少なかったり、あるいは全く足が動かないといった様子になります。
3.脊髄損傷の治療・リハビリ
参考:『脊椎脊髄損傷アドバンス(改訂第2版)-総合せき損センターの診断と治療の最前線-』181頁~198頁
⑴急性期
初期診療における神経学的評価に基づき、早期にリハビリによるゴールの設定がなされます。そして、可及的早期にリハビリを開始することが重要となります。急性期リハビリが不十分であると、拘縮や起立性低血圧の重篤化や遷延化にもつながり、そののちに行われる回復期リハビリにも支障をきたしかねないこととなります。とりわけ重要なのは座位訓練であり、起立性低血圧の予防や、全身の筋力や心肺機能の機能低下を防ぐためにこの訓練が行われます。
また、上下肢の麻痺を緩和させたり、関節を動かさないことにより関節が固まってしまうこと(関節拘縮)を予防するために、上下肢の可動域訓練も行われます。関節拘縮を予防しておかないと、せっかくリハビリで麻痺が回復したとしても四肢を動かすことが困難となり、日常生活動作(ADL)機能の低下を招くことにもなりかねません。
頚髄損傷により重度麻痺が生じ、呼吸器障害が生じている場合には、呼吸器合併症を予防するためにも呼吸理学療法も重要となってきます。従量式人工呼吸器などを用いたエアスタッキングや、専用器具の利用、座位により呼吸に負荷をかける等、様々な手法による呼吸筋トレーニングが行われます。
加えて、脊髄損傷の場合、体幹にも感覚麻痺が生じていることがあるため、はじめのうちは体幹バランスをとることも困難なことがあります。そのため、座位訓練により時間をかけて座位バランスを獲得し、それから日常基本動作訓練や立位保持訓練に移行していきます。立位保持訓練を通して立位感覚の獲得、バランス訓練を行いつつ、筋骨格や内臓の代謝を活性化させ、骨萎縮予防・腸管運動改善等も図っていきます。
リハビリが進んでくると、可動域訓練や徒手筋力増強訓練、寝返り起き上がり訓練等の訓練も行っていきます。こうしてリハビリを継続することで、脊柱や関節の拘縮を防ぐとともに、筋力や持久力を少しずつ増強させていきます。
⑵回復期
回復期では、急性期リハビリを経て回復してきた機能を活用し、日常生活への復帰や生活の自立を促進させることをポイントにリハビリが行われていきます。例えば、車椅子への移乗訓練や、車椅子の駆動訓練があります。対麻痺例では側方移乗や垂直移乗、四肢麻痺例では前方移乗など、麻痺の症状に合わせた訓練を行います。
リハビリを通して下肢筋力がMMT3~4程度に回復してくると、起立訓練や歩行訓練もリハビリに取り入れていくこととなります。これらの訓練により、位置覚や運動覚などの深部感覚の評価も可能であり、脊髄損傷によって鈍麻・消失した深部感覚の再獲得や体幹支持機能の強化も見込むことができます。症状の程度や筋力の回復状況によっては、免荷した上での歩行訓・練が先行されることもあります。
⑶リハビリを通して歩けるようになるのか?
一般に脊髄損傷を負うと、下半身麻痺(下半身不随)が生じることが非常に多いです。そのため、一度歩行困難・歩行不能になってしまった状態から、リハビリを通して、歩行可能な状態に戻ることはできるのか、これが懸念されることが多いのではないでしょうか。
ここで、総合せき損センターに受傷後1週間以内に搬送され、入院時に歩行不能と診断され、半年以上の経過観察を行った精髄損傷負傷者の改善の推移をみてみますと、初診時に「運動不全で有用でない(=歩行できない)」と診断された人のうち約9割が半年後には「運動不全で有用である(=歩行できる)」状態に回復しており、独歩自立・杖を用いて独歩可能・車椅子を併用しながらではあるが独歩可能と、程度に段階はありますが概ね下半身の運動機能が回復していることがわかります。
また、「運動完全(下肢自動運動なし)」と初診された症例においては、約6割が同様に「運動不全で有用である(=歩行できる)」状態に回復しています。初めに「完全麻痺」と診断された症例については、独歩可能な状態まで回復することはきわめて困難であり、約85%が完全麻痺のまま推移が殆どない結果ではあるものの、他方で「運動不全で有用である(=歩行できる)」状態まで回復した症例も4%ながら確かに存在するため、可能性が全くに潰えてしまうものではありません。
結果として、脊髄損傷による下半身麻痺は程度に差はあれども回復する可能性は確かにあり、治療やリハビリに専念することが非常に重要であるといえます。
4.後遺症の残存と後遺障害
労災事故で脊髄損傷を負い、懸命の治療やリハビリを行った末に麻痺や感覚障害などの後遺症が残った場合、管轄の労働基準監督署に、障害(補償)給付支給請求をすることができます。
脊髄損傷は、主に①麻痺の程度や範囲、②介護の要否や程度に応じて等級認定がなされる運用とされていますが、実際にはこれらの要素だけで認定されるわけではなく、残存している感覚障害の程度や、脊髄損傷を負傷したときに生じることが多い神経因性膀胱障害など、諸般の後遺症の程度や状況等も考慮の上で等級認定がなされています。以下では、脊髄損傷の場合において定められている後遺障害等級及び認定された場合の給付金額を解説していきます。
給付基礎日額の計算方法やよくある質問についてはこちらで詳しく解説
⑴第1級の3
「せき髄症状のため、生命維持に必要な身のまわり処理の動作について、常に他人の介護を要するもの」に該当する場合に認定されます。給付内容は年金となり、後遺障害が存する期間1年につき給付基礎日額の313日分が支給されます。
具体的には、以下のものが該当します。
a 高度の四肢麻痺が認められるもの
b 高度の対麻痺が認められるもの
c 中等度の四肢麻痺であって、食事・入浴・用便・更衣等について常時介護を要するもの
d 中等度の対麻痺であって、食事・入浴・用便・更衣等について常時介護を要するもの
例:第2腰髄以上で損傷を受けたことにより両下肢の高度の対麻痺、神経因性膀胱障害及び脊髄の損傷部位以下の感覚障害が生じたほか、脊柱の変形等が認められるもの
⑵第2級の2の2
「せき髄症状のため、生命維持に必要な身のまわり処理の動作について、随時介護を要するもの」に該当する場合に認定されます。給付内容は年金となり、後遺障害が存する期間1年につき給付基礎日額の277日分が支給されます。
具体的には、以下のものが該当します。
a 中等度の四肢麻痺が認められるもの
b 軽度の四肢麻痺であって、食事・入浴・用便・更衣等について随時介護を要するもの
c 中等度の対麻痺であって、食事・入浴・用便・更衣等について随時介護を要するもの
例:第2腰髄以上で損傷を受けたことにより両下肢の中等度の対麻痺が生じたために、立位の保持に杖又は硬性装具を要するとともに、軽度の神経因性膀胱障害及び脊髄の損傷部以下の感覚障害が生じたほか、脊柱の変形が認められるもの
⑶第3級の3
「生命維持に必要な身のまわり処理の動作は可能であるが、せき髄症状のために労務に服することができないもの」は、第3級の3が認定されます。給付内容は年金となり、後遺障害が存する期間1年につき給付基礎日額の245日分が支給されます。
a 軽度の四肢麻痺が認められるもの(別表第一第2級に該当するものを除く)
b 中等度の対麻痺が認められるもの(別表第一第1級または別表第一第2級に該当するものを除く)
⑷第5級の1の2
「せき髄症状のため、きわめて軽易な労務のほかに服することができないもの」は、第5級の1の2が認定されます。給付内容は年金となり、後遺障害が存する期間1年につき給付基礎日額の184日分が支給されます。
具体的には、以下のものが該当します。
a 軽度の対麻痺が認められるもの
b 一下肢の高度の単麻痺が認められるもの
⑸第7級の3
「せき髄症状のため、軽易な労務のほかに服することができないもの」は、第7級の3が認定されます。給付内容は年金となり、後遺障害が存する期間1年につき給付基礎日額の131日分が支給されます。
具体的には、「一下肢の中等度の単麻痺が認められるもの」が該当します。
例:第2腰髄以上で脊髄の半側のみ損傷を受けたことにより一下肢の中等度の単麻痺が生じたために、杖又は硬性装具なしには階段をのぼることができないとともに、脊髄の損傷部位以下の感覚障害が認められるもの
⑹第9級の7の2
「通常の労務に服することはできるが、せき髄症状のため、就労可能な職種の範囲が相当程度に制限されるもの」は、第9級の7の2が認定されます。給付内容は一時金となり、給付基礎日額の391日分が支給されます。
例:第2腰髄以上で脊髄の半側のみ損傷を受けたことにより一下肢の軽度の単麻痺が生じたために日常生活は独歩であるが、不安定で転倒しやすく、速度も遅いとともに、脊髄の損傷部位以下の感覚障害が認められるもの
⑺第12級の12
「通常の労務に服することはできるが、せき髄症状のため、多少の障害を残すもの」は、第12級の12が認定されます。給付内容は一時金となり、給付基礎日額の223日分が支給されます。
具体的には、「運動性、支持性、巧緻性及び速度についての支障がほとんど認められない程度の軽微な麻痺を残すもの」が該当します。
また、運動障害は認められないものの、広範囲にわたる感覚障害が認められるものも該当します。
例1:軽微な筋緊張の亢進が認められるもの
例2:運動障害を伴わないものの、感覚障害が概ね一下肢にわたって認められるもの
5.損害賠償請求では何を請求できる?
労災事故に遭い怪我をした場合、会社に安全配慮義務違反があれば、治療費や通院交通費、入通院慰謝料等を会社に請求することができます。これに加えて、治療等のために仕事を休まざるを得なくなった時には休業損害を、そして後遺症が残存し、後遺障害等級認定を受けた時には後遺症逸失利益と後遺症慰謝料も請求することができます。
これらに加えて脊髄損傷の場合には、更に以下のようなものも請求できる可能性があります。判例と合わせて詳しく見ていきましょう。なお、判例は交通事故による損害賠償請求訴訟のものであり、等級の号数などは自賠責の後遺障害等級表に基づくものであることから、労災の号数と多少異なるところがあります。
⑴症状固定後の治療費
一般的には否定的に解される場合も多いですが、残存している症状の内容や程度等の具体的な事情を考慮し、支出が相当であると認められる場合に、損害として認定される傾向があります。
・さいたま地判平成21年2月25日(交民42・1・218)
四肢麻痺、意識障害等で別表第一第1級1号の女性(症状固定時54歳)について、日常生活には全介助を要すること、拘縮を防ぐためリハビリテーションが欠かせず、在宅介護への移行のため、自宅改修、導尿や経管栄養の技術を家族が習得する必要があったこと等から、症状固定後も、症状悪化を防ぎ、在宅介護への移行準備として入院治療が必要であったとして、症状固定後の治療費468万円余を認めた。
・大阪地判平成28年8月29日(交民49・6・1570)
四肢麻痺(別表第一第1級1号)の男性(症状固定時48歳)につき、症状固定後の約2年6か月の入院治療は後遺障害の内容程度から必要かつ相当なものであり、主治医が個室利用の必要性を認めていたことから、症状固定後の個室利用料を含む治療費470万円余を認めた。
⑵将来治療費
残存している症状の内容や程度等の諸般の事情を考慮した上で、将来治療の必要性や相当性が認められる場合に、損害として認定される傾向があります。
・大阪地判平成25年3月27日(交民46・2・491)
脊髄損傷による両下肢麻痺等の後遺障害(別表第一第1級1号)を残した男性(症状固定時24歳)につき、人工血管手術費用として250万円、歯科矯正費用として98万円余を認めた。
⑶付添看護費用
付添看護費用は、入院付添費・通院付添費・自宅付添費があります。
入院付添費は、医師の指示又は受傷の程度、被害者の年齢等より必要性が認められれば、職業付添人については実費全額、近親者付添人は1日につき6500円が被害者本人の損害として認定されます。
通院付添費は、症状又は幼児等付添が必要と認められる場合に、被害者本人の損害として肯定され、一般的に1日3300円で算定されます。
自宅付添費は、症状や被害者の年齢等から、自宅において近親者や職業付添人の付添が必要かつ相当であると認められる場合に認定される傾向があります。
・横浜地判平成29年7月18日(自保ジ2008・1)
四肢麻痺等(別表第一第1級1号)の男性(症状固定時52歳)につき、妻による症状固定までの口腔ケア、排便介助、リハビリ手伝い、足浴、手浴、夜中の寝具直し位置変更等の自宅介護費用及び通院付添費を、職業介護人による介護は週5日あり、入浴介護も行われていたこと、5日間の通院に付き添っていることなどを考慮して、日額8000円、240日間を認めたほか、介護業者による退院後から症状固定日の約1年9か月後までの訪問看護、入浴看護費合計119万8788円を認めた。
⑷将来介護費
医師の指示又は症状の程度により必要性が認められれば被害者本人の損害として認定されます。この時、金額は、職業付添人は実費全額、近親者付添人は1日につき8000円で算定されることが多いです。なお、訴訟中に被害者が死亡した場合には、死亡以降の介護は不要になるため、死亡後の介護費用は損害として認められません。
・福岡高判平成22年1月26日(自保ジ1824・55)
重度痙性四肢麻痺等(別表第一第1級1号)の男児(症状固定時7歳)につき、施設に入所中であるが、自宅介護の準備をしており、自宅介護が可能であるとして、母が67歳までは近親者介護料として週1日分8000円、職業介護人と近親者による週6日の介護料として日額2万円、母67歳以降は職業介護料として日額2万円、平均余命まで合計1億3227万円余を認めた。
⑸将来の通院交通費
将来的にも通院する必要性や相当性が認められる場合に、損害として認定されると考えられます。
・神戸地判平成20年7月1日(自保ジ1813・69)
両下肢完全麻痺、排尿障害等(別表第一第1級1号)の男性(症状固定時51歳)につき、症状固定後の定期的な経過観察のためのタクシーによる通院交通費として1か月ごとの通院1回につき往復6800円、平均余命28年間、合計121万円を認めた。
⑹装具・器具等購入費
車椅子や介護支援ベッド等、必要性が認められる場合に損害として認定される傾向にあります。
・大阪地判平成5年2月22日(交民26・1・211)
頚髄損傷等により四肢麻痺及び無呼吸の男児(事故時4歳)につき、マットレス、オーバーテーブル、特殊ベッド購入費用計14万円余、人工呼吸器オーバーホール代、人工呼吸器付属品代計66万円余、頚椎固定器具購入費2万円余を認めた。
・東京地判平成11年7月29日(交民32・4・1227)
頚髄損傷により四肢完全麻痺、膀胱直腸障害等(第1級3号)の女性(症状固定時26歳)につき、手押し車椅子代21万円余(5年ごとの買替)、電動車椅子代234万円余(5年ごとの買替)のほか、介護用ベッド代(8年ごとの買替)、介護テーブル代、洗髪器、うがいキャッチ代など合計1164万円余を認めた。
⑺家屋・自動車等改造費
被害者の受傷の内容、後遺症の程度及び内容を具体的に検討し、必要性が認められる場合に、相当額が損害として認定されます。判例上、浴室やトイレ、玄関等の出入口、エレベーター、自動車の改造費等が認定されています。なお、家屋改造等により被害者以外の家族の利便性が向上すると認められる場合には、反射的利益に過ぎないとして減額がなされないこともあれば、割合で減額がなされる可能性もあります。
・東京地判平成11年7月29日(交民32・4・1227)
頚髄損傷により四肢完全麻痺、膀胱直腸障害等(第1級3号)の女性(症状固定時26歳)につき、自宅の玄関までの通路が長い階段になっている高台に位置し、右通路部分に車椅子用の階段昇降機を設置する必要があるとして、その他室内の家屋改造費と合わせて2038万円余の請求に対して1778万円余を認めた。また、自動車改造のためのリフト等架装代150万円余を余命期間56年、8年ごと、443万円余を認めた。
・横浜地判平成12年1月21日(自保ジ1344・1)
後遺障害第1級3号の女児につき、介護用自動車購入費及び交換費(改造費含む購入費用1台400万円を6年ごとに12回買替が必要)1542万円余を認めた。
6.おわりに
労災の障害(補償)給付の支給請求は、通常、就労している事業所の所在地を管轄する労働基準監督署になります。申請後は、担当の審査官が資料確認や被災者との面談、また必要があれば医療照会などを行い、等級認定を行います。
ここで、審査官にきちんと後遺症の状態を認識してもらい、適切な後遺障害等級審査を行ってもらうためには、
画像による損傷高位診断、横断面診断、MRI画像上の脊髄内病変等の画像所見や、深部腱反射、病的反射検査、知覚検査、徒手筋力検査、筋萎縮検査などの神経学的所見は必須となり、場合によっては電気生理学的検査が必要となります。
その他、形式的要件として特定の書式や、脊髄損傷後の日常生活状況を記した書面なども場合によっては必要となります。
このように、障害(補償)給付の支給を請求する際には、後遺障害診断書に加えてさまざまな書類を準備したり、
医学的に後遺症を証明するような所見を得るために必要な検査を受けたりと、重要なポイントが数多くあります。
したがって、労基署に申請する段階から、等級獲得に向けて押さえるべきポイントを把握したうえで用意を行うことが望ましく、
そのためには後遺障害に関する経験や専門的知識が不可欠だといえます。
また、適切な賠償金を受け取るためには、労災事故における損害賠償請求を熟知し、経験もある被害者専門弁護士が介入することが望ましいものといえます。
弁護士法人小杉法律事務所では、労災事故被害者専門弁護士による無料相談を実施しております。
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