せき髄の障害
せき髄損傷(頚髄損傷・胸髄損傷・腰髄損傷)の後遺障害等級は?【弁護士解説】
ここでは、業務中や通勤中に起きた事故によって脊髄損傷を負った場合に、①どのような症状が現れるのか、②後遺障害が残ってしまった場合の補償の2点について、労災被害者専門弁護士が解説しています。
1.脊髄損傷の症状について
中枢神経の一部分である脊髄は、脳から下がっており、脊椎という骨に守られるような形で位置しています。
脊髄は部位ごとに、頚髄、胸髄、腰髄、仙髄の大きく4つに分けられます。
また、その高位(レベル)に応じていくつかの髄節に分けられ、頚髄は第1頚髄~第8頚髄(C1~C8)、胸髄は第1胸髄~第12胸髄(T1~T12)、腰髄は第1腰髄~第5腰髄(L1~L5)、仙髄は第1仙髄~第5仙髄(S1~S5)と呼ばれています。
各髄節からは特定の位置に神経が伸びていることから、損傷した高位(レベル)によって現れる症状は異なってきます。
そして、脊髄損傷は一般に、損傷した高位(レベル)から下方の脊髄の神経が司る部位の機能が消失したり、障害が生じることになります。
以下では、頚髄損傷(頸髄損傷)、胸髄損傷、腰髄損傷の3パターンについて解説していきます。
⑴頚髄損傷で現れる症状
頚髄を損傷した場合、首から下、すなわち体幹や四肢、胸腹部臓器の機能が消失または障害が生じます。
そのため、四肢麻痺や呼吸障害などの重篤な症状が現れることが多く、完全麻痺の場合は致命的となり、不全麻痺でも大きな後遺症が残ることが多いです。
①麻痺(主に四肢麻痺、下半身不随)
大まかに、頚髄は首や上肢の機能を、胸髄は体幹や胸腹部臓器の機能を、腰髄は腰や下肢の機能を、仙髄は排泄機能などをそれぞれ司っています。
そして、たとえば手を握るや膝を曲げるなど、人間が体を動かそうとするとき、脳から脊髄を通り、各部に向かって信号が送られることとなります。
そのため信号の通り道である脊髄が損傷されると、信号が各部に届かなくなってしまい、その結果麻痺という症状が現れます。
頚髄損傷の場合は、往々にして四肢麻痺が残ることが多くみられます。
損傷高位(レベル)がC1~C3の場合はほぼ確実に四肢麻痺となり、首を動かすことも難しくなります。
C4~C5の場合には多少腕を曲げることはできるものの、やはりほぼ完全な四肢麻痺が生じることが多いです。
C6~C7の場合には、肩を動かしたり、ひじの曲げ伸ばしが多少可能になるなど、上肢は多少なりとも可動しますが、手や指には麻痺が生じ、四肢麻痺のような状態を呈することになります。
そして、後遺症として下半身不随が残ることがほとんどとなります。理由としては、脳からの運動に関する信号が、下肢の運動機能を司る腰髄まで伝達できないもしくは伝達が著しく阻害されてしまうからです。
②呼吸障害・呼吸停止
呼吸において重要な役割を果たす器官である横隔膜に信号を送るのが、頚髄のC3~C5になるため、C5以上の高位(レベル)において頚髄を損傷した場合は、自力での呼吸が困難または全くできなくなります。
③温度感覚、痛覚、触覚等の異常
損傷高位より下方の髄節支配領域において、温度感覚や痛覚、触覚などの表在感覚に障害が生じます。
たとえば手でカイロを握ったとき、手の皮膚の感覚神経から脊髄を通り脳に対して信号が伝達されることによって、その温かさを感じるというしくみになっています。
しかし、脊髄が損傷されることにより、損傷高位から下の髄節支配領域の感覚神経から脳に対して信号が送られなくなるため、結果、これらの表在感覚に障害が生じることになります。
頚髄損傷の場合は、主に体幹、四肢含め全身に表在感覚の障害が現れます。
④位置感覚、振動感覚、立体識別感覚等の異常
表在感覚が存する皮膚より更に下、筋や腱、靭帯などに対する接触や刺激、運動から生じる感覚を深部感覚といい、これによって手足の位置や運動方向、振動などを感じることができます。
表在感覚と同様に、深部感覚の信号伝達についても、上下肢などの感覚神経から脳に対して行われるものであることから、
脊髄を損傷すると、損傷高位(レベル)より下の髄節支配領域にある感覚神経から脳に対する信号伝達に支障が生じ、これらの障害が生じます。
頚髄損傷の場合は、表在感覚の異常と同様に、主に体幹、四肢含め全身に深部感覚の障害が現れます。
⑤発汗障害/体温調節の異常
人間の体は、常に一定の体温を保つために、自律神経によって体温調節がなされます。例えば暑い時には汗を分泌して体温を下げたり、寒い時には血管を収縮させて熱が逃げないようにするなど、体温調節においても自律神経は非常に重要な役割を持っています。
ですが、頚髄損傷により、損傷高位より下位では自律神経の働きが障害されてしまいます。そのため発汗が正常に行われなくなり、上手く体温調節ができなくなってしまいます。
⑥尿路障害・膀胱機能障害(神経因性膀胱障害)
排尿や蓄尿に関わる膀胱や陰部は、胸髄や腰髄、仙髄からのびる神経によって制御が行われています。そのため頚髄が損傷されると、排尿などに関する脳からの信号がこれらの器官に届かなくなります。
神経伝達経路が断たれたことで、尿意を感じなくなったり、排出することもできなくなります。
⑵胸髄損傷で現れる症状
胸髄を損傷した場合、胸から下、すなわち体幹や下肢、胸腹部臓器の機能が消失または障害が生じます。
そのため、損傷状況にもよりますが、頚髄損傷のような命に直結するほどの重篤な症状は出ることは多くありません。麻痺は主に下半身に現れるので、後遺症として下半身不随が残ることが多いです。
①下半身麻痺
胸髄損傷を負うことにより、損傷の程度に応じて下半身に完全麻痺または不全麻痺を生じることとなります。
手足を動かすなどの運動神経は、脳から信号が出て脊髄を通り上下肢に伝達される流れであるため、胸髄が損傷されることにより下半身の運動機能を司る腰髄までその信号が届かなくなり、結果として下半身を動かすことができなくなったり、または困難になります。
②胴体の感覚異常
胸髄は胸部や背部の神経を司るため、損傷した髄節に応じて胴体に感覚異常が生じることがあります。
損傷高位(レベル)がT1~T4あたりの場合、乳首から下の感覚消失や鈍麻がみられます。
損傷高位(レベル)がT5~T8あたりになると、胸郭~胸郭下口から下の感覚消失や鈍麻が現れます。
損傷高位(レベル)がT9~T12あたりの時は、おへそより下に感覚消失や鈍麻の症状が出ることが多いです。
③温度感覚、痛覚、触覚等の異常
損傷高位より下方の髄節支配領域において、温度感覚や痛覚、触覚などの表在感覚に障害が生じます。
胸髄損傷の場合は、主に下半身に表在感覚の障害が現れます。胸髄を損傷することにより、下半身の感覚神経から脳へ信号が送られるときに、胸髄の損傷高位から上にはその信号がいかなくなるためです。
④位置感覚、振動感覚、立体識別感覚の異常
胸髄損傷の場合、主に下半身について、これらの深部感覚の障害が現れます。
表在感覚と同様に、深部感覚の信号伝達についても、上下肢などの感覚神経から脳に対して行われるものであることから、
脊髄を損傷すると、損傷高位(レベル)より下の髄節支配領域にある感覚神経から脳に対する信号伝達に支障が生じ、これらの障害が生じるためです。
⑤排尿障害
膀胱機能に関する神経が胸髄、腰髄、仙髄の支配領域にあるため、胸髄損傷によって脳との伝達経路が障害されることにより、結果として排尿障害が生じる可能性があります。
⑶腰髄損傷で現れる症状
腰髄を損傷した場合、腰から下、すなわち主に下半身や一部胸腹部臓器の機能が消失または障害が生じます。
頚髄損傷、胸髄損傷と比べると、症状が現れる範囲はだいぶ狭くなります。しかしそれでも、下肢に麻痺が残り、損傷状況によっては下半身不随が後遺症として残る可能性もあります。
①下半身麻痺
腰髄損傷を負うことにより、損傷の程度に応じて下半身に完全麻痺または不全麻痺を生じることとなります。
足を動かすなどの運動神経は、脳から信号が出て脊髄を通り下肢に伝達される流れであるため、
腰髄を損傷することによりこの脳からの信号を伝達できなくなり、運動麻痺の症状が現れて下半身不随となるのです。
腰髄損傷の場合、麻痺の現れ方としては、両足に麻痺の症状が出る下肢の対麻痺となることが多いです。
②下半身前面の感覚異常
腰髄は主に下腹部・腰~下肢前面及び側面~足先といった下半身前側面の大部分の神経を司るので、損傷した髄節に応じてこれらの部位に感覚異常が生じることがあります。なお大腿部背面から足首あたりにかけては、仙髄の神経支配領域となります。
損傷高位(レベル)がL1の場合、その神経支配領域が鼠径部や腰になるので、鼠径部より低い位置にある下肢前面・側面に感覚消失や鈍麻がみられます。
損傷高位(レベル)がL2の場合は大腿内側から下の領域に、L3の場合は大腿前面や膝のあたりから下の領域に、L4の場合は大腿外側や下腿内側から下の領域に、そしてL5の場合には下腿前面・外側や足の甲の領域にそれぞれ感覚消失や鈍麻の症状が現れます。
③温度感覚、痛覚、触覚異常
損傷高位より下方の髄節支配領域において、温度感覚や痛覚、触覚などの表在感覚に障害が生じます。
腰髄損傷の場合は、主に両足の前面や側面など、鼠径部や腰から下の部位にこれらの表在感覚の障害が現れます。
④位置感覚、振動感覚、立体識別感覚の異常
腰髄損傷の場合、主に鼠径部や腰から下の部位、すなわち両足の前面や側面などについて、位置感覚や振動感覚、立体識別感覚などの深部感覚の障害が現れます。
⑤排尿障害
膀胱機能に関する神経が腰髄、仙髄の支配領域にあるため、腰髄損傷によって脳との伝達経路が障害されることにより、結果として排尿障害が生じる可能性があります。
2.脊髄損傷(頚髄損傷・胸髄損傷・腰髄損傷)の後遺障害等級について
1で解説したように、脊髄が損傷された場合、四肢麻痺、対麻痺(下半身麻痺)となることが多く、その場合、広範囲にわたる感覚障害や尿路障害(神経因性膀胱障害)などの腹部臓器の障害が通常認められます。また、脊柱の変形や運動障害が認められることもあります。このように脊髄損傷では、複雑な諸症状を呈する場合が多いですが、脊髄損傷が生じた場合の等級の認定は、原則として、身体的所見、関節の可動域制限や徒手筋力の程度及びMRI・CT等によって裏付けることのできる麻痺の範囲と程度、そして介護の要否及び程度により障害等級を認定していきます。
業務上の事由または通勤により労働者が脊髄を損傷し、治療を続けたが後遺症が残ってしまった場合、労働者災害補償保険制度(労災保険制度)の障害(補償)給付の請求手続を行うことができます。脊髄損傷の場合に認定される可能性がある後遺障害等級は、主に以下のとおりとなります(厚生労働省 労働者災害補償保険法施行規則別表第一 障害等級表より引用)。
なお、麻痺の範囲について、「四肢麻痺」は両側四肢の麻痺、「片麻痺」とは一側上下肢の麻痺、「対麻痺」とは、両上肢又は両下肢の麻痺、「単麻痺」とは上肢又は下肢の一肢のみの麻痺のことをいいます。
第1級の3
「せき髄症状のため、生命維持に必要な身のまわり処理の動作について、常に他人の介護を要するもの」は、第1級の3が認定されます。給付内容は年金となり、後遺障害が存する期間1年につき給付基礎日額の313日分が支給されます。
同等級が認定されるのは、以下の4つの場合です。
①高度の四肢麻痺が認められるもの
②高度の対麻痺が認められるもの
③中等度の四肢麻痺であって、食事・入浴・用便・更衣等について常時介護を要するもの
④中等度の対麻痺であって、食事・入浴・用便・更衣等について常時介護を要するもの
第2級の2の2
「せき髄症状のため、生命維持に必要な身のまわり処理の動作について、随時介護を要するもの」は、第2級の2の2が認定されます。給付内容は年金となり、後遺障害が存する期間1年につき給付基礎日額の277日分が支給されます。
同等級が認定されるのは、以下の3つの場合です。
①中等度の四肢麻痺が認められるもの
②軽度の四肢麻痺であって、食事・入浴・用便・更衣等について随時介護を要するもの
③中等度の対麻痺であって、食事・入浴・用便・更衣等について随時介護を要するもの
第3級の3
「生命維持に必要な身のまわり処理の動作は可能であるが、せき髄症状のために労務に服することができないもの」は、第3級の3が認定されます。給付内容は年金となり、後遺障害が存する期間1年につき給付基礎日額の245日分が支給されます。
同等級が認定されるのは、以下の2つの場合です。
①軽度の四肢麻痺が認められるもの(第2級の2の2②に該当するものを除く。)
②中等度の対麻痺が認められるもの(第1級の3④又は第2級の3③に該当するものを除く。)
第5級の1の2
「せき髄症状のため、きわめて軽易な労務のほかに服することができないもの」は、第5級の1の2が認定されます。給付内容は年金となり、後遺障害が存する期間1年につき給付基礎日額の184日分が支給されます。
同等級が認定されるのは、以下の2つの場合です。
①軽度の対麻痺が認められるもの
②一下肢の高度の単麻痺が認められるもの
第7級の3
「せき髄症状のため、軽易な労務のほかに服することができないもの」は、第7級の3が認定されます。給付内容は年金となり、後遺障害が存する期間1年につき給付基礎日額の131日分が支給されます。
同等級が認定されるのは、一下肢の中等度の単麻痺が認められるものが該当します。
第9級の7の2
「通常の労務に服することはできるが、せき髄症状のため、就労可能な職種の範囲が相当程度に制限されるもの」は、第9級の7の2が認定されます。給付内容は一時金となり、給付基礎日額の391日分が支給されます。
同等級が認定されるのは、一下肢の軽度の単麻痺が認められるものが該当します。
第12級の12
「通常の労務に服することはできるが、せき髄症状のため、多少の障害を残すもの」は、第12級の12が認定されます。給付内容は一時金となり、給付基礎日額の223日分が支給されます。
同等級が認定されるのは、運動性、支持性、巧緻性及び速度についての支障がほとんど認められない程度の軽微な麻痺(軽微な随意運動の障害又は軽度の筋緊張の亢進が認められるもの)を残すものが該当します。また、運動障害は認められないものの、広範囲(概ね一上肢又は一下肢の全域)にわたる感覚障害が認められるものも該当します。
労災の障害(補償)給付の支給申請は、通常、就労している事業所の所在地を管轄する労働基準監督署になります。申請後は、担当の審査官が資料確認や被災者との面談、また必要があれば医療照会などを行い、等級認定を行います。
ここで、審査官にきちんと後遺症の状態を認識してもらい、適切な後遺障害等級審査を行ってもらうためには、
申請時に必要な後遺障害診断書に、後遺症や医学的所見をもれなく医師に書いてもらったり、後遺障害診断書に加えてさまざまな書類を準備したり、医学的に後遺症を証明するような所見を得るために必要な検査を受けたりと、重要なポイントが数多くあります。
したがって、障害(補償)給付の支給申請をする段階から、等級獲得に向けて押さえるべきポイントを把握したうえで用意をしていくことが望ましく、そのためには後遺障害に関する経験や専門的知識が不可欠といえます。
弁護士法人小杉法律事務所では、労災事故被害者専門弁護士による無料相談を実施しております。
業務上や通勤時に事故に遭い、脊髄損傷を負ってしまい下半身不随が残ったがこれからどうしたらいいのか、自分の場合はどの等級に該当するのか…
お悩みの方は、ぜひ一度、弁護士法人小杉法律事務所の無料相談をお受けください。